アメフト悪質タックル事件で思う、職場の無駄ルール


アメフトの話をみていて、運動部と文化部で所属していた人により、意見が異なるんだろうなぁという漠然な感想が頭に浮かびました。

しかし、もっと根本にある子供の頃の遊びや、普段仕事で増えていく無駄なルールなんかに、共通点があるんだろうなぁと感じました。

今日はそんなお話。

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遊びの中に取り入れられるルール

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子供たちが遊ぶ様子をみていると面白いことがおきます。それは、はじめは1人1人、個々で遊んでいるのですが、それが集団に変わっていくのです。

集団に変わったあとも、子供たちは個々で遊びをしているのですが、それが集団で1つのことをしはじめるのです。

しばらくすると、そこにルールができて、そのルールを守るような遊びに変わっていきます。さらにそのルールが容易で、簡単にこなせるようになると、より自分達を縛り付けるようなルールが追加されるのです。

トランプの大貧民、大富豪をはじめ、地域ルールがあるのもその1つでしょう。

このあたりは、子供の成長発達段階に応じて変化していきます。保育園、小学校低学年、中学年、高学年でもまた内容は異なるのです。

スポーツで求められるルール

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スポーツもまた、ルールがあるから難易度が増し、面白くもなる。ルール違反をすると、罰せられるのも当然なのです。ルールの意味がないですから。反対にいえば、ルールさえ守って入ればどのような作戦でさえ、okということになるんです。

遊びを体系化し、厳格なルールを設定し、全世界どこで行っても同じ内容でプレイされるもの。それがスポーツ。そのルールが異なれば、スポーツの種類が変わるということ。サッカーでボールを持ちだし、走り出したのがラグビーのはじまり、という説もあります。

遊びとスポーツの共通点と違い

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子供たちの遊びの中で、ルールを破った人がいれば、ルールを守るように周囲から責められるし、それができなければ、その遊びから外されます。子供たちは、学業と遊びの区別がなかなか出来ないので、遊びの失態は学業生活にも影響を与えるかもしれません。いじめられる側にも責任がある、という時折耳にする乱暴な意見は、遊びの中でルールを破った子を責めるなどの背景から、生まれてくるのだと考えられます。

ルールは、自分たちの行動を制限し、達成(ゴール)を困難にする=面白くするという目的があるのです。

遊びをしていて、ルールギリギリのことをやってのけて。ゴールをする子供がいると、2つの意見に分かれます。1つはあんなプレーができるのか!(すごい)という意見と、あれはずるいよ、あれは禁止しようよ!という意見です。もし前者の意見が多ければ皆がこぞってそのプレイをしようとしますし、後者の意見が多ければ、そのプレイを罰するルールが追加されます。ルールぎりぎりのプレイが難しければそれはスーパープレーとなりますし、凡人でもできるプレイであれば今後ルールで禁止される可能性も高くなるでしょう。

それはスポーツの世界でもいえること。ルールギリギリのことをやってのけて1点を取ると、スーパースターになれる。しかし、ルールから背いたことをやるとそれは反則行為になる。だからみんな、そのスポーツを行う上でルールを把握する必要があるということ。部活で一度は言われた、「頭を使ってプレイをしろ」というのは、ルールを把握してプレイをしろ、ということなのです。

個人戦のスポーツの場合、監督との1対1の関係が強くなりますが、団体戦の場合には組織的な動きが必要となるため監督の指示は見逃さず確実に遂行する必要が出てきます。学生のうちから、プロ選手のように自由にプレイすると、叱られるのは、監督の意図した組織的な動きができなくなるからです。

遊びにおいては、監督という存在はいません。そこで必要になってくるのが、全体の調和です。「和を乱していないか」「みんなで楽しむことが出来ているか」ということ。ルールを破り、「和を乱し」、「自分だけが楽しい」、そういう状況に陥っていると、ルールが追加されるか、遊びから追放されるか、のいずれかなのです。

そのような視点から考えると先日のアメリカンフットボールの内田監督の指示は、選手からしてみたらある意味絶対なのです。関西学院大学の試合で、勝利を収めるためには、監督の意図するような組織的な動きが必要となります。そして監督の意図が、クオーターバックを潰せというものであれば、組織的な動きをするために、選手として確実に遂行する必要があるからです。

ただ、誤算があるとすれば、監督の指示は、プレイ内でギリギリのところを攻めてつぶせという意味だったのが、緊張なのか、あるいはもともと狙っていたから関係なかったのかは分かりませんが、全然関係ないところでつぶしにいってしまったということ。もちろんこれは、監督の誤算であって、組織的な動きを指示する監督の指示が「明確」ではなかったために生じた「指示ミス」ともいえます。

職場で増える無駄な確認業務

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看護という仕事上、命に関わるため、小さなミスを1つ1つつぶし、大きなミス(命に関わるミス)が生じないようにする必要があります。事故をアクシデントというならば、小さなミスはインシデントと表現されます。この、インシデントが発生したときに、「大騒ぎし」「チェックリストを量産」する人が必ずいます。

問題の本質は、どうしてそのインシデントが発生したのか、他の事象でも生じることなのかを見極め、本質を改善することにあります。例えば、Aさんの薬を、Bさんに渡してしまい、Bさんが気がついたという状況があるとします。そのとき、看護師は①Aさんの薬をAさんの薬と認識していたのか、Bさんのだと認識していたのか、②Bさんに渡した際、AさんとBさんの薬を同時に持っていたのか、Aさんの薬だけを持っていたのか、③・・・・・・など。

状況を分解することにより、問題の根幹をつかむことが出来るのです。しかし、これを大騒ぎし、「マツイが、Aさんの薬をBさんに手渡したぞー!」「マツイが薬を配るときは、チェック表に①手渡した患者の名前②手渡した薬の名前③時間をかかせよう」など、する場合があるのです。その結果どうなるかというと、インシデントの対策の抜け穴(チェックリストではまかないきれないミス)に落ちたり、「チェックリストにチェックをし忘れる」というインシデントが出たりします。

監督という業務は、チームを組織的に動かし、勝利に導くことにあります。本質的な指導ではないと、無駄な動きが増え、選手の消耗が強くなってしまうのです。医療の世界においても、医療安全管理者が存在します。医療安全において、組織的に運営し、「安全な医療」の遂行を導くのです。

組織的な運営が行えず、無駄なルールが増え、医療者の消耗を強くしている管理者やその付属者(コーチ)は、失格なのです。でも、悲しいかな、管理者や付属者から指示されたルールは、厳密に守らなければならない「空気」がやはりあるのです。看護師も組織の一員だ、ということです。

まとめ

監督やコーチが、若い芽を潰している姿は、痛々しく、尊敬のその字もむけられません。
同時に、真摯に会見に臨み、自分が行ってしまったことの重大性や後悔、そして彼の背景に、同情します。

職場で増えていく、無駄なルールで、安全を守るためのルールが、自分達を縛り付け、患者さんに適切なケアが提供することが出来なくなることがしばしばある、環境に悲しくもなりました。

宮川君の将来が、良いものになるように、大人がサポートしたいものです。

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ABOUTこの記事をかいた人

マツイ ケンジ

救命センターの看護師。英国型のナーシングホームをやりたい。アロマなどを用いて西洋医学一辺倒ではないケアを提供することが目標。学園祭で講演会を1人で企画運営し成功させた。アトピー性皮膚炎の患者指導も研究している。