意義の薄れた成人式には出席せず、がむしゃらに実践して失敗しよう。


今日は成人の日です。昔は1月15日でしたが、例の連休を作り出す制度(ハッピーマンデー制度)により、「1月の第2月曜日」になりました。

国民の祝日は、このようにハッピーマンデー制度により、日付が毎年変わるものが増えてしまいました。でも、国民の祝日はその日付だからこそ、意味があるものが多いのです。

今回の成人の日も、元々は1月15日です。

1948年公布・施行の祝日法によって制定された。制定から1999年までは毎年1月15日だった。成人の日を1月15日としたのは、この日が小正月であり、かつて元服の儀が小正月に行われていたことによるといわれている。

(Wikipediaより引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/成人の日)

ちなみに、元服については、Yahoo!知恵袋でこのような回答がありました。

今の成人式は鎌倉時代の武士の元服式が源流。元服する年齢は14~15歳が普通であり、隠居年齢は50歳が適齢であったようです。
男女を問わず、子供から大人へのケジメ。髷、着衣から自己変容して、「至誠」「律心」「公人」その行動変容を迫られる。周囲も大人としての厳しい見方と振る舞いを要求した。

(Yahoo!知恵袋より引用:http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1025001405)

このことから、成人の日は
・昔は元服の日であった1月15日だった。
・元服は14歳〜15歳になされるのが一般的だった。
・元服は大人へのケジメとして容姿と行動の変化を求められた。
ということがわかります。

しかし、そのような大人へのケジメとしての成人式が、最近は新成人の「暴れる式」としての報道がメインとなってしまってます。

果たして、このような行動をする人たちが「成人」なのでしょうか。
そもそも、「成人式」は、「元服の義」と同じ意味があるのでしょうか。
このような点に疑問を感じたので、私の考えについてまとめてみました。

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成人といっても多くの側面がある

一言に成人といっても、
・20歳という年齢
・喫煙が出来る
・飲酒が出来る
・大人
・運動能力のピーク
・親密性を求め、異性のパートナーや友情を獲得する。
・何かを失うことに不安を覚えはじめる。

と、法律上の側面、生物学的な側面、発達心理学的な側面と、多くの側面があることがわかります。

これを、「個としての成人」と、「集団としての成人」に分けて考えるとわかりやすいです。

個としての成人と、集団としての成人

個としての成人

個としての成人として、高校を卒業し専門学校や大学に進学している人や、社会に出て働いている人たちがいます。

そして、その人たちは社会人2年目、学生2年目となり、それぞれの立場で将来に対する目標や、家庭を築く準備を進めていくわけです。

すでに社会人である人たちは、どのようにキャリアを積み上げていくのかを考えるでしょう。また、結婚のパートナーとなる人たちを探しているかもしれません。

学生の人たちは、専門分野の学問をどうやって習得していくのか、これから社会に出る準備をどうやって進めていくのかを考えているでしょう。家庭を持つことは、まだ考えていないかもしれません。

このように、個人の境遇により、目標や行動が異なっていることが、「個としての成人」の特徴です。

こういう側面を理解せずに、
「最近の成人は、幼稚すぎる」
という批判をするのは、意味をなさないわけです。

実は、こういう誤解をしている人たちは結構おり、Tweetでもみることができます。

しかしながら、このような成人は、多様な側面のある個としての成人ではありません。集団としての成人なのです。そのため、このような批判は意味をなしません。

集団としての成人

集団としての成人は、「20歳」という年齢が意味をなしてきます。
それは、日本の法律でこのように定義されているからです。

日本では、民法第4条の「年齢二十歳をもって、成年とする。」という規定に基づき、20歳以上の者を成年者としている。

(Wikipediaより引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/成年)

成年となって出来る事柄として、このようなことがあります。

飲酒(未成年者飲酒禁止法第1条)
喫煙(未成年者喫煙禁止法第1条)
ローン契約などの締結(民法第5条第1項)
公営競技の投票券を購入し、または譲り受けること(競馬法、自転車競技法、モーターボート競走法、小型自動車競走法)

(Wikipediaの同項より引用)

成年を設定し、このような事柄が行えるようになるということは、大人としてのケジメがなされるから、という側面と、生物学的に害が少なくなるからという側面があります。

大人としてのケジメがなされるから、という視点では、
・長期間におよぶ返済計画をたてられるようにという意味で20歳からローンが組める。
・自分の資金のなかで、賭け事をおこなうことを責任もって出来る。
ということがあげられます。

また、生物学的に害が少なくなるという視点では
・喫煙が出来るようになる。
・飲酒が出来るようになる。
というのがあげられます。
これは、肉体の成長がピークに達する20歳という年齢が、一番喫煙や飲酒の害が少なくなるということがあげられます。

もちろん、喫煙の害が成人に達したからなくなるわけではありません。
未熟な人体のほうが、より悪影響があるということです。

このことから、成人の日に行われる成人式は、
・大人としてのケジメ
・生物学的な成長の頂点
を祝福することにあると考えられます。

しかし、そのような視点から成人式をみると違和感があるのは、なぜでしょうか。
それは、現在行われている成人式の目的と、実際に参加している成人者の参加目的が合致していないことが考えられます。

 

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成人式における同窓会としての役割

小学校や中学校は、実家のある地域に通学する人たちがほとんどでしょう。
両親の都合がなく、引越をしなければ15年間同級生に大きなかわりはありません。

しかし、高校となると地域が拡大し、小中と同じ友達と同じ高校になるのは、数が多くても数人になることがほとんどです。

高校を卒業すると、そのまま就職する人や専門学校、大学などに進学する人たちもいるため、小中学校を共にした人たちと生活する頻度はますます低下します

そのため、成人式は20歳となったときに、小中学校を過ごした人たちと会うことの出来る同窓会としての役割を持っているのです。

だから、千葉県浦安市の成人式は毎年ディズニーランドで行われるのも、納得が出来ます。

今年の千葉県内新成人6万1443人、2年ぶり減 浦安でミッキー、ミニーが祝福
今年の県内の新成人は6万1443人(前年比2・3%減)で、2年ぶりに減少したことが県のまとめで分かった。市町村別では千葉市が最も多く9133人(同498人減...

大人へのケジメや、成長の区切りとして式典を行うのであれば、厳かに行うべきで、楽しい要素というのはある意味で邪魔になります。それを、あえて取り入れる理由として、同窓会としての役割を意識してのことがあるのではないでしょうか。

しかし同時に、SNSが発達した昨今、成人式という場を利用しなくても、SNS上で常に繋がっており、同窓会の開催が成人式だけに限らないと考えている人も多くいます。そのため、年年成人式の参加も減少しているのはその裏付けでしょう。

1月11日は成人の日、成人式に行ったかどうかの調査で、42.1%が「行かなかった」と回答|ニフティニュース
全国20代〜60代の男女1365名を対象に「成人式に行った」かどうか調査した42.1%もの人が「行かなかった」と回答し、性年代別ではどの年代も男性の割合が高い「めんどくさ...

そんな私も成人式への参加はしませんでした。
正直、その式典に出席する意義が見出せなかったことや、同窓会としての役割に興味がなかったからです。

成人の日だからこそ振り返るべき自分の人生

私は20歳になったとき、そして年を重ねたとき、ある意味で20歳は1つの区切りとして存在していることに気がつきました。

なにか、引き戻せない感覚と、あのときこうしておけば良かったという後悔、そしてこれからはこうしていこうという決意、複雑な気持ちが入り交じった感覚でした。これは、個としての成人の感覚であり、集団としての成人の感覚でもあり、それが複雑な気持ちを作っているんだろうな、と思います。

明治大学の斎藤孝さんが指摘していることですが、高校時代に読んだ本と、大人になったときの本は、全く違う感覚を覚えます。また、予備校で現代文を教えている出口汪先生は、夏目漱石の「こころ」がそうであったと話しています。これは、これまで積み重ねてきた経験が、同じ本を読んだときの見え方を変えているということです。

そこで私は、読書や人とのつながり、経験、そういう自分の経験値をどのように増やしてきたか、そしてどのように増やしていくかを考えるときにして欲しいなと思います。昨日の自分と、今日の自分が異なるのは、1つでも2つでも知識や経験が入った脳があるためです。

この脳のおかげで、私たちは常に新しい発見をし続けています。反対に、新しい知識や経験を積み重ねてこないと、新しい発見が出来ないことを意味します。知識を創ることについては、以下の記事を読んでみてください。

プレゼンも、ブログも、セミナーも、構成次第で「わかった気にさせる」ことが出来る。
看護師という職業は、会議や勉強会、学会などプレゼンをする機会が多くあります。プレゼンは、資料を作らなければならないという思い込みも多くあります。「来週、勉強...

成人式のニュースが流れるたびに、もったいないなぁと感じることがありました、それは、日本を含めた世界中で活躍する20歳の人たちが埋もれていく気がしたからです。しかし、そういう活躍する人たちはこれまでの行動を振り返り修正し、そして未来への計画を立てて行動しています。これは、ある意味で元服しているのではないでしょうか。

暴れる人たちもいれば、同窓会として参加する人たちもいる成人式ですが、4割の人たちが参加していないのであれば、その意義は薄れています。

学校という枠組みや社会人という枠組ではなく、20歳という区切りに、個として、集団として、これまでの知的な活動や人とのつながりを振り返り、これからの計画を立てる場にして欲しいなと思います。それが、集団としての成人が本当の意味での元服が出来るのではないかなと考えます。

人は実践を繰り返し、経験を通して学ぶ。

私たちが何か行動をするときには、その行動の「目的」がないと出来ません。単純な行為である「買い物」も、何のために買うか、そして何を買うのか、という目的がないと出来ません。そのときに、それは本当に必要か、他に安いものはないのか、という行動の精査も、目的があるからこそ出来ます。

目的を達成することが難しい場合には、遠回りをしたり、少しずつ階段を上っていくイメージをする人もいるでしょう。この場合、目的は「目標」という言葉に入れ替わります。

私が目標をイメージするのは、受験勉強です。自分の入りたい大学や高校があり、そこを目標にする。その次に、目標までにあと何点とれるようにすれば良いのかを考えます。次に、その点数を得るためにどのような勉強をしていけば良いのかを考えます。そして最後に、その勉強をどれくらいの期間で行っていけば良いのかを計画します。

計画をしたら、模試などを通して目標が達成されたのかどうか、評価します。達成されたのであれば、その計画を実践し、されなかったのであれば計画の見直しを行います。そして、その新たな計画をもとに実践していきます。

PDCAサイクルという言葉を聞いたことがあるでしょうか。Plan(計画),Do(実践),Check(評価),Action(改善)の頭文字をとったものです。

もともと、PDCAサイクルはビジネスにおける生産管理で用いられていた言葉です。しかし、いまやビジネスの枠にとらわれず勉強や人生の計画においても使用されることがあります。

先ほどの受験勉強に当てはめてみると、まず志望校という目標がありました。そしてその目標までにあと何点足りないのかを考えます。そこで、Planを立てます。

次に、そのPlanにのっとって、Doしていきます。模試などで自分の点数がどうだったのか、計画を振り返ってCheckします。そして、新たな計画を立てActionする。

高校受験の時に無意識に行っていた人もいるかもしれません。しかし、なんとなく模試を受けて、なんとなく内申点を気にして、なんとなく挑戦したら合格してしまったという人も多いでしょう。

大学受験の時も、予備校の先生や高校の先生に言われて、その通りに実践してきた人も多いと思います。

しかし、高校を卒業し就職した人たちは、おそらくこのことを先輩や上司の人たちから繰り返し指導を受けていると思います。なぜならば、目標を立てるのも自分であれば、計画を立てるのも、修正するのも自分だからです。これが、本当の意味での自立といえるでしょう。

したがって、なんとなくPDCAサイクルを実践していた人たちや、全く意識せず人の言いなりになってきた人たちは、是非今日からPDCAサイクルを意識的に行ってください。

自分の行為をふりかえることは、成長にかかわる


「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし」
という言葉があります。

これは、野村克也監督の言葉として有名になりましたが、もともとは剣術の達人である松浦静山の言葉です。運動部に入っていた人たちは、痛感することですが、負け試合ほどその後の「反省タイム」が長かったと思います。「どうして負けたのか?」をふりかえり、考える時間です。

しかし、このようなふりかえりは、実は運動部以外にも行っています。仕事で何か失敗をしたとき、友人とけんかをしたときなどに。どうして失敗したんだろう?どうしてけんかをしてしまったのだろう?と考えますよね。そして、あのときにこういう失敗をしてしまったのは、こういうことが原因なんだと、推測します。次からは同じ失敗やけんかをしないように、その原因を抽象化し実践します。

そんな面倒くさいことをしながら生きているの?

そんな面倒くさいことをしながら仕事をしているの?

と感じた方は、おそらく仕事の質も上がらず同じようなけんかを繰り返している人でしょう。このような経験を学びに変える理論を、学習心理学者のコルブが考えたため、コルブの経験学習理論といいます。


(こちらより引用:http://www.keikengakushu.jp/learn/learn.html

コルブの経験学習理論は、失敗などの具体的な経験がもとになります。その具体的な経験を、どうしてそのような結果になったんだろうと、自分の中でふりかえります。そして、この経験はこのようなことから生じたんだ、と概念化します。実際にそのような概念が正しいのかどうか、それを実践の場で試します。

このように、実践で生じた問題を、ふりかえりを通じて実験し、再度また実践に戻るサイクルを繰り返します。これが「不思議な負けなし」の、「負けた原因」を追求し克服し成長させる理論なのです。

私は、PDCAサイクルとコルブの経験学習理論を組み合わせると、計画の遂行や目標達成がスムーズに行くと考えています。どこで、コルブの学習理論を活用するのか、というとPDCAサイクルのCheck(評価)のタイミングです。しかし、私はPDCAサイクルをやっているつもりの多くの人たちが、自分たちの行動をCheckしきれていないと感じています。

Check(評価)と一言でいっても、「まぁまぁ良いでしょう」「うーん」「ここはまずい」という感覚なものもあるでしょう。「ここはあと10点くらい上乗せできたな」「あと10冊は本を読むことが出来たな」など、具体的な数値を挙げて評価をする人たちもいるでしょう。この評価が曖昧だと、再度実践しても失敗したり、成功したりするため、行き当たりばったりになってしまいます。その結果、「不思議な勝ち」を繰り返し、自己満足にひたるだけで、同じ失敗を漫然と繰り返すようになってしまうのです。

自分の失敗をふりかえり、どうして失敗したのかを考え、それを概念化することで抽象化する行為は、感覚的な発想では出来ません。時には、書籍を読んだり、先輩の話を聞いたり、あるいは同期の話を聞いたりすることで、気づきを得ることが出来るものです。

だから、どうして失敗したのか、が自分で判断できなかったときは、書籍や人に頼ることが必要なのです。そして必ず、その概念をもとに実験してください。そのときにうまくいったとき、はじめてそこでPDCAサイクルは完了するのです。

概念化することで成長の速度が上がる理由

物事には、具体例と抽象例があります。

まず、Aさんのお話です。
「私は、おじいさんとおばあさんに育てられましたが、テレビを見るのが好きで良く怒られたりしながら生活し、そこでお母さんやお父さんの存在を教えてもらってから、私がテレビを見るのが好きなのが、お父さんやお母さんに似ているのだと、おじいちゃんに教えてもらい、納得しました。」

次にBさんのお話です。
「いやぁ、先日温泉に入りながら猿を眺めようとしたら、中々いないのかなぁって見る前から不安になっちゃって、どうしようこうしようってあれこれ考えていたんだけれども、温泉に入った結果あふれんばかりの猿猿猿でさ、大満足というか、一息ついてお昼寝しちゃったら、結局観光を楽しめなかったんだよね。」

これはAさんとBさんの個人的な話の具体例です。読みやすさという点で抽象化するとこのようなまとめ方になると思います。

・2つの文章も読みにくい。
・一文が長く多くの要素が入っている。
・結論が曖昧で何を伝えたいのかわからない。

これが抽象例です。

もし、Aさんが先ほどの発言についてそのままレポートに書いて提出したら、先生から読みにくく何が伝えたいのかわからないと評価をされるでしょう。そのときに、コルブの学習理論を活用すると、どうやったら読みやすくなるのか、というふりかえりが成り立ちます。そして、失敗事例をもとに先ほどの抽象例があがるわけです。

・2つの文章も読みにくい。
・一文が長く多くの要素が入っている。
・結論が曖昧で何を伝えたいのかわからない。

ではどうしたらよいのか?
これを自分で考えがつかないのであれば、文章術の本なり、先生なり、あるいは同期なりに聞いてみる。

その結果、
・一文は30文字以内にする。
・一文で言いたいことは1つにする。
・結論はあらかじめ考えておく。
・はじめと終わりに、その結論を繰り返す。

という概念化された読みやすい文章の書き方が浮かび上がります。これをもとに、Aさんは先ほどの文章を修正すれば良いわけです。

「最近、生みの親の影響を感じることがありました。私は、幼い頃から祖父母に育てられてきました。テレビを見るのが好きすぎて、見過ぎだと良く怒られていたのです。そんなある日、おじいちゃんが私に両親の存在を教えてくれました。両親は、私のようにテレビ好きだったそうです。私がテレビを見過ぎて祖父母に怒られるのは、両親に似たからなんだなと感じました。育ての親は祖父母ですが、生みの親の両親の影響をテレビを通して感じることに不思議な気持ちになったのです。」

このような、内容にまとまりました。Aさんが手に入れたのは、育ての話をわかりやすく書く方法ではありません。文章をわかりやすく書く方法です。したがって、今後どのようなレポート課題が出されても「わかりづらい」と指摘される数はぐっと減るでしょう。

目標をたてて、計画を立てるときに失敗しない方法は、スモールステップにすることです。小さな目標をクリアしていくことで、大きな目標をクリアすることが出来ます。

しかし、概念化することで途中で二段飛ばし、三段飛ばしをすることが出来るようになるのです。これが概念化することによる成長速度の増加です。

したがって、PDCAを行うときには必ず、コルブの学習理論を用いて振り返りをするようにしましょう。そして、概念化することをあきらめずに辛抱強くやりましょう。それが、自分の成長速度を加速させる一番の方法です。

そもそも実践がなければどちらも出来ない

PDCAのDoは「実践」です。そして、コルブの学習理論の最初は「具体的な経験」です。PDCAの最初の言葉であるPlanをたてても、その後の実践がなければ、失敗をするような具体的な経験をしません。この実践が、多くの人たちがいう「挑戦」なのです。


考える暇があったら行動しろ。悩むならやれ。どんどん失敗しろ。

まるで、松岡修造さんを想起させますが、それは失敗こそ学びがあり、失敗経験こそこそ概念化するチャンスだからです。

まとめ

・20歳という年齢は、肉体的な成長がピークに達します。
・社会的にも、自立が求められる年齢です。
・学生をしている人や社会人をしている人などその境遇は様々です。
・自分の手で課題を獲得し乗り越えるためにPDCAとコルブの学習理論を活用しましょう。
・これら理論を活用するためにはとにかく実践が必要です。
・失敗は学びの種と考えてどんどん失敗をしましょう。
・それが出来るようになることが本当の意味での元服です。

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ABOUTこの記事をかいた人

マツイ ケンジ

救命センターの看護師。英国型のナーシングホームをやりたい。アロマなどを用いて西洋医学一辺倒ではないケアを提供することが目標。学園祭で講演会を1人で企画運営し成功させた。アトピー性皮膚炎の患者指導も研究している。